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歴史創造の方針の転換

 鵜草葺不合王朝の後半に到り人類の第一文明である精神文化は隆盛を極めた。同時に外国に於ける月読命・須佐男命の仕事も漸く活発となり、成果を挙げ始めて来た。第一の精神文明による国家の樹立は確かに成功した。反面第二の文明である物質文明の創造は漸く始まったばかりである。物質の研究は人間の欲望を土台とし、破壊分析を手段として発達する。謂わばその研究の精神基盤は競争であり闘争である。精神文明をこのまま存続させ、その恩恵として鼓腹撃壌する精神的満足の世の中に於いて物質探究の完成はどれ程の長年月を要するか測り知れない。そこで人類文明を更に揺るぎなきものにする物質的繁栄を人類に速やかにもたらす為に、高天原日本に於いて文明経営の方針の大転換が決定されたのであった。
 上の大転換された方針の大略を下記に記す。
一、第一文明である精神文明の基本である言霊布斗麻邇の原理を物質探究が一応の完成を見るまで或る期間高天原日本に於いて隠没させ、人類の顕在意識から忘却させてしまうこと。
二、この精神原理の隠没によって当然招来される精神荒廃時代に於ける民衆の假りの精神的支柱となるべき宗教を世界各地に興すこと。又それによる精神修養は将来第一の精神文明が甦るべき時の人類の心の準備としても有効である。
三、上の精神荒廃の暗黒時代に起こるであろう各民族の培養土として物質的研究を興隆させ、それによる経済と武器を手段とした権力を以て世界の再統一を図る世界経済の責任者を決定すること。
以上の大方針に従って日本並びに外国に於いて次々と現実的施策が実行に移されて行った。それは鵜草葺不合王朝の終りから、次に興る神倭王朝の初めにかけてやく三千年程前の出来事である。これより人類は本格的に物質探究の第二文明時代に入るのである。