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文明社会創造への出発(天孫降臨)

 時が来て高天原の霊知りの集団の中から選ばれたものが、言霊五十音の原理をもって理想社会を作る為に地球上の適当な平地に向かって出発することとなった。理想社会とは、生命の究極構造の原理に則って物や事の名前を定め、その名前そのままの実相が明らかに生かされる様な世の中ということである。この社会制度の責任を負った人物を邇邇芸命という。第二次的の更に第二次的な即ち第三次的な芸を操作する人の意である。実相即名である言霊は第一次的である。その言霊を組み合わせることによって命名された事物の名前は第二次的である。その事物の名そのままが活かされて矛盾のない社会の創造即ち政治とは第三次的な芸術というわけである。又この代表者の創造のための平地への出発を記・紀は天孫降臨という。
 天孫降臨の時を記した古事記の文を挙げよう。「天照大御神高木の神の命もちて…ここにその招きし八尺の勾玉、鏡、また草薙の剣、…賜ひて詔りたまわくは『これの鏡は、もはら我が御魂として、吾が御前を斎きまつれ。』…とのりたまひき。」
 これを天孫降臨に際しての天照大神の神勅という。その意味は人類文明創造の任に当たる最高の責任者は勾玉・剣・鏡の神器に象徴される言霊布斗麻邇の原理を自覚し奉載して行うべし、という命令である。
 蟹は甲羅に似せて穴を掘るという。人類は人間本具の性能に基づいて文明を創造して行く。その性能の及ぶ範囲以外に出ることはなく、それ故先に述べた伊耶那岐大神の三権分立の統治の宣言とこの天孫降臨の天照大神の命令とは共に人間生命本具の究極構造であるアイウエオ五十音言霊の原理に根ざした基本活動法則であるが故に、以後の人類文明創造の歴史を貫く大動脈となり眼目となる。天孫降臨以来今日に到るまで、また今日より人類がその種を保持する限り永遠に、人類の歴史はこの二つの宣言を枢軸として展開して行くこととなるのである。
 さて三種の神器で表徴される五十音言霊の原理を体得・保持して文明の創造のために地球上の適地目指して天降った人間集団が最後に行き着いた所は何処であったか。「ここに膐肉(そじし)の韓国(からくに)を笠沙之前(かささのみさき)に求ぎ通りて詔りたまわく、此地は朝日の直刺す国、夕日の日照る国なり。かれ此地ぞ甚と吉き地と詔りたまひて、底津石根に宮柱太しり、高天原に冰椽高しりてましましき。」(古事記)とあるからには、西の方より朝鮮半島を経てこの日本の地に落ちついたものと見るのが妥当であろう。この国を霊の本(日本)と呼ぶ語源である。
 ここに今まで言霊の原理を勉強して頂いた方には蛇足と思われるであろうが、念の為に附け加えることがある。古事記、日本書記の記事を掲げたり日本の国名を霊の本だなどと言うと、敗戦以後の歴史観からのみ考える人々には正に戦前の民族主義の亡霊が甦って来た様に感じられるかも知れない。しかしながら一度眼を人間とはそも如何なるものかの問題に向け、今・此処に活動している自分自身の心の構造を直視して、言霊五十音布斗麻邇の原理を理解するならば、これから説く本著の日本並びに世界の歴史が狭隘な民族主義的観点からでなく、純然たる人間精神科学の最奥の原理・法則に則った真実の歴史書であることを了解するであろう。